発祥祭
発祥祭
発祥祭の神事の後は、幻想的なかがり火が灯る中「宝暦義民太鼓」がダイナミックに演奏します。郡上一揆の物語が切々と響き渡った後は、太鼓に乗った「源助さん」の唄で踊りの輪が出来ていきます。
源助さん
源助さん
・源助さん源助さんと言って鳴く鳥は
小さな鳥だよ色鳥よ 小さな鳥だよ 色鳥よ
・お前百まで,わしや九十九まで, 共に自髪のはえるまで
・恋しやさしや席駄の音は,主はどなたか知らねども
・毎夜毎晩おかどに立ちて, とがめられてはおくれるな
・郡上の白鳥住みよいところ, 水も清いが人もよい
・郡上の白鳥踊りにござれ ,じじも婆さも孫つれて
・貴方廿年で妾しは十九、月も朧の浴衣がけ
・二人寄り添い月影踏んで、そぞろ歩きの粋なこと
・私と貴方は羽織の紐で、固く結んで胸にある
シッチョイ
シッチョイ
一にや石徹白の威徳寺様よ
二では西坂の正法寺様よ
三にや西円寺は二日町のお寺
四では白鳥の来通寺様よ
五では小駄良の円覚寺様よ
六にや六ノ里の善勝寺様よ
七つ中西の円徳寺様よ
八つ山本の養林寺様よ
九つ越佐の専竜寺様よ
十で徳永の恩善寺様よ
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白鳥おどり
白鳥おどりの歴史

白鳥町の踊りの確認されている古い記録としては1723年(享保8年)の「享保留記」の中に「お宮(白山長滝神社境内)にて踊り申すこと奉行より停止」とあるのでそれ以前のかなり昔より民衆の楽しみとして定着してたと考えられています。古来より白鳥町は交通の重要な拠点で、江戸時代には人や物だけではなく様々な民謡や踊りなども福井、富山、長野から入ってきました、白鳥踊りの原型「場所踊り」はしっかりと継承しつつ、各地との交流で踊りの種類も増えていったと言われ、テンポも早く所作も激しいため若者には「トランス感がある」と評判です。






