「まつさか」およし物語
- およし稲荷の物語り 昔の歌の文句にも
- きじも鳴かずば撃たれまい 父は長良の人柱
- ここは郡上の八幡の 霞ヶ城を造る時
- お上の評定ありけるが あまた娘のあるなかに
- およしといえる娘あり 里の小町とうたわれて
- 年は二八か二九からぬ 人にすぐれし器量よし
- ついにえらばる人柱 聞きたる親子の驚きは
- 何んにたとえんものもなし 親子は思案にくれ果てて
- 泣くばかりなる有様も お上の御用と聞くからは
- ことわるすべもなく 涙そこでおよしはけなげにも
- 心をきめて殿様や お城のためや親のため
- 死んで柱にならんとて 明日とはいわず今日ここに
- 進んで死出の旅仕度 白のりんずの振袖に
- 白の献上の帯をしめ 薄化粧なる髪かたち
- 静かに立ちし姿こそ 霜におびえぬ白菊の
- 神々しくも見えにける すでに覚悟の一念に
- 西に向いて手を合わせ 南無や西方弥陀如来
- 後世を救わせ給えかし また父母にお暇乞い
- 先立つ不幸許してと あとは言葉も泣くばかり
- これが今生のお別れと うしろ髪をばひかれつつ
- 一足行っては振り返り 二足歩いて後戻り
- 親子のきずな切れもせず 親も泣くなく見送りて
- どうぞ立派な最後をと 口にはいえず胸のうち
- ただ手を合わすばかり なりかくては時もうつるとて
- 役人衆にせかれつつ およしひと言父母と
- 呼ばわる声もかすかなり 空には星の影もなく
- ただひと声のほととぎす 声を残して城山の
- 露と消えゆく人柱 この世の哀れとどめける
- これぞおよしのいさおしと 伝え聞いたる人々は
- 神に祈りて今もなお およし稲荷の物語り
©1997 - gujodotcom