「やっちく」宝暦義民伝 中の巻
- 時が来たかよ三千余人 蓆旗やら竹槍さげて
- 百姓ばかりが雲霞のごとく 今にお城へ寄せんず時に
- 待った待ったと人押し分けて 中に立ったは明方村の
- 気良じゃ名主の総代勤め人にゃ 知られた善右衛門殿で
- 江戸に下りて将軍様に 直訴駕籠訴を致さんものと
- 皆に図れば大勢の衆が 我もわれもと心は一つ
- わけて気強い三十と余人 道の難所と日数を重ね
- やがて着いたのが品川表 されど哀れや御用の縄は
- 疲れ果てたるその人々を 一人残らず獄舎に繋ぐ
- 開くも涙よ語るも涙 ここに哀れな孝女の話
- 名主善右衛門に一人の娘 年は十七その名はおせき
- 父はお江戸で牢屋の責め苦 助け出すのは親への孝行
- そっと忍んで家出をいたし 長の道中もかよわい身とて
- ごまの蝿やら悪者どもに すでに命も危ういところ
- 通り合わした天下の力士 花も実もある松山関と
- 江戸屋親分幸七殿が 力あわせて娘を助け
- 江戸に連れ行き時節を待てば 神の力か仏の業か
- 幸か不幸か牢屋が焼ける それに紛れて善右衛門殿は
- 逃れのがれて隅田の土手で 巡り合うのも親子の縁よ
- 時節到来御老中様が 千代田城にと御登城と聞いて
- 名主善右衛門初めといたし 同じ願いに五人の者は
- 芝で名代将監橋で 恐れながらと駕籠訴いたす
- かくて五人はその場を去らず 不浄縄にといましめられて
- 長い間の牢屋の住まい 待てど暮らせど吟味はあらず
- も早や最後の箱訴なりと 江戸に下りて将軍様に
- 箱訴なさんと 出立間際
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