第51話
「卯の花の咲くころ」
- 卯の花が咲きました。雪のように白い卯の花に続いて、谷空木の桃色がかった、あでやかな赤い花も咲きました。かすかな風にそよぐ空木の花ごとに、小さな虫たちがさかんに・・・
第52話
「明治気質」
- むかし、アネ—が糸引きから帰ってきて、五円ほしいってて、親父に、家から暇出された場面のこた、オリャよう覚えとる。親父は、金のこととなると、まっこと一概やった・・・
第53話
「長生きのコツ」
- ワシは、明治十五年生まれで、数えの九十や。九十年さきに生まれた者が、過ぎし時代のいろいろのことを言ったって、他日、役に立つようなことはないと思うんや。それで・・・
第54話
「クズヤの屋根ふき」
- ことしは、尾を一つふく、というと、クズヤの屋根は四つ屋根やで、真平半分とツマ半分、つまり屋根の四分の一をふくことやな。真半分とか、まるぶきなんてこた、まぁ・・・
第55話
「日露戦争従軍」
- ワシは、三十五年兵で、歩兵の第一補充兵やった。現役の者は、兵隊調べの年の十二月一日に入隊せるし、ワシら補充兵は、あくる年の三月一日に入隊して九十日間教育・・・
第56話
「大正のころ」
- 今から五、六十年も前というと、若い人たちには、ずい分昔の話のように聞こえるでしょうが、私たちのように年を取っている者には、ほんの二、三か月前のことのように・・・
第57話
「かぶりもの」その一
- 明治のころのこどもは、雪帽子といって布をニつ折りにして後ろに襠をつけてひろがるようにした、頭巾のようなものに紐をつけて被った。もちろん、手製であった。これは・・・
第58話
「かぶりもの」その二
- 被り笠といえば、スゲ笠がまず最初に頭に浮かんでくる。スゲ笠は、円盤に近い円錐形で竹の骨組みの上に、スゲを縫い綴ったものを被せて作った。いわゆる縫い笠の・・・
第59話
「坂本育ち」
- ちゃんと九十になったんや。みんながそいっとくれる。九十ざぜって。へぇ、おりゃ向かいの山ロで生まれたがな。あそこはなんやわいな、墓のおりつきっててからねな・・・
第60話
「食うこと」
- おらのこども時分にゃ、こまじきなんて、菓子やなんか当たらなんだな。オヤマイサマをつとめてもらう時のお菓子がおまいた。栗やら豆やらガヤやらでな。そんなものを・・・
第61話
「桑もり唄」
- おれのこどもんたの小さい時分にゃ、まんだ国田さんが医者しといでたろう。おりゃおかげさまで丈夫なばっかで、ここ五十年も寝込んだこたないぞな。なんにもごっつおーはいらん・・・
第62話
「嫁入り」
- 明治二十一年生まれの八十三や。生まれた家は、二間手の紺屋で、わしは一番上で、浩爾まが一番下や、下谷と栃尾と上の方に一人つ、わしと浩爾まとで六人やな。ここへ来たのは二十五で・・・
第63話
「十三人家内」
- ここのおっかさんが十一人ひとねないたし、わしは、十二人家内のとこへ嫁に来たんやんな。十一人のうち、一人は佐市さへ婿に行っといでたがな。わしは、一人死んで六人・・・
第64話
「俄と地芝居」その一
- 明治二十年生まれの満八十四じゃ。まあ、わしと同い年っていもな、適齢検査の時に十三人あったがな、もう二人になったんや。一番痩せたやつが、一番あとになったんや。なんせ・・・
第65話
「俄と地芝居」その二
- 宮で芝居をやるにゃ、青天で、ムシロを敷いたぐらいのこっちゃったな。そして、手前、手前にすしやなんかごっつおーをして、飲んだり、食ったりしたんや。青年の敷なんてって・・・
第66話
「大畑での渡世」
- オレのオッカァの親仁は、小椋中束っててな、木地屋やった。中束は、貧乏ではてやった勘定なんや。学はあったけんどな。そんで、オレに、学ではだしかんで、字やなん教えでもええで・・・
第67話
「ケチなこと」
- ここんとこの洞は、昔ゃの、膳椀をあすこで貸せさせは十郎兵衛ってとこじゃが、八幡じゃった。あすこが借りた時、椀を一ついためたんや。いたんだいつも入れて返しゃりゃよかったに・・・
第68話
「木地屋」
- オラがオッカァの親はな、江州とやらの木地屋の流れでな。大昔、流しもんなったもんの系統やんな。オラのオッカァの親というもな、小椋中束ってて、昔でいやどえらい学者でな・・・
第69話
「糸引き」
- 少しばかりの屑繭と綿繭を、母は手引きで引いた。それを受継いで義姉は、いっそう精力的にやっていたように思う。しかし、いずれにしても絹バタを織って娘たちの晴着にする・・・
第70話
「糸引きの唄」
- 足踏みは、身上持ってから大坂町の揚返しするとこがすんでまうまで引いた。わしは三本で引いたでしょう。それで、ワク三本おろいて三カセになるんです。製糸では四本そろった・・・
第71話
「にくまれ役」
- 「あがり端で、こびり食よったら、収税吏の衆が二人やってきて、『どぶ酒を造っとらんか』というすな、いきなり靴ばきで座敷へ上がりかけたで、『先生方、どぶ酒を調べ・・・
第72話
「気良の地芝居」
- 芝居は好きでな、おれみたいに芝居やったもなないで。歌舞伎では、大林鎌定さんも大分やられたが、あの人はおれより早うおいてまわれた。金山へ養子しておざらんが・・・
第73話
「生まれ家のころ」
- 小学校を終わって、翌年のことやと思うが、大谷の小学校に高等科ができてな。久富先生がおいでて。兄さんは入学しなれるし、おつっつぁんが、お前もなまじょう出んかい・・・
第74話
「不思議な話」
- 小学校を終わって、翌年のことや巣河の神様は、田口の鷲見さんの地所に飾ってある神様やに、禰宜は野口の鈴木弥惣右衛門さやろうな。そんで、田口の神様を野口の衆に・・・
第75話【令和版】
「宮原と千葉家」
- わしがこの家へ来た時分にはな、この谷は二十四戸じゃったわいな。それが今はちょうど半分の十二戸になったんやんな。〆まに清まに、桃原由秀と、三軒新家ができたけんどな・・・
第76話【令和版】
「祝儀」ハシカケから定日まで
- ムライキリまでのこた、昔も今もそう変わったこたないがな。ハシカケみたいなことがあって、こっちの世話人が相手方の世話人のとこへ行って頼み込んでおいて、二、三日たって行くと・・・
第77話【令和版】
「祝儀あれこれ」
- 昔は、荷物ってても、箪笥に長持ちに櫛箱と下駄箱、それに、洗濯道具のタライに張り板ぐらいやったな。長持ちのあるとかええ方やったわいな。箪笥と長持ちと両掛けには・・・
第78話
「スイフロ」
- 私が知っている範囲では、私の家のスイフロ桶は、ある時、ヘソガマの上のところの板を二枚ばかり取り替えただけで、竹のタガを桶屋さに仕替えてもらっては、ずっと使われた・・・
第79話
「懐かしい人々」
- しずめ、喜七と孫左の人たちのことを思い浮かべてみよう。昭和十年ごろには、鉄道が敷かれ、戦後は国道がわがままな格好で縦貫し、今は、もう、すっかりこのあたりの様子は・・・
第80話
「おまん桜」
- 八幡城主であった遠藤家は、代々天台宗を信奉し、殊に常友の時代には、長滝寺との関係が極めて密接であったと言われる。その遠藤家に兎唇の娘が生まれた。時代は定かでないが・・・
第81話
「図師分校」その一
- ぼくは、小学校やめて家におったら、野田虎吉校長が気良におられて、確か奥明方の校長会長かなんかやってみえた関係で、奥住の方へ教員に行ってくれんかってことでな。若い身そらやし・・・
第82話
「図師分校」その二
- 図師は、昔からのことですでな、譜代の人がおったんです。それが三井の植栽が一段落したがために全部引払って名古屋や岐阜方面の縁故を求めたり、新しい仕事にかかったりして・・・
第83話
「図師分校」その三
- まあ、とにかく、一年から六年まで一人でやらんならんで、一年から三年までと、四年から六年までと二つに分けてな、しゃないで書き方なら書き方を一年から三年まで一緒にやったんや・・・
第84話
「石場かちと家踊り」
- 和田治右衛門さんのおはからいで、石場かちの現場を見ることができた。降りみ降らずみの十一月、その前日は夕焼けしていたのに夜は小雨。明け方にやんだと思ったら・・・
第85話
「そろばんとわし」
- わしが十の時に、父親は京都の大学病院で胃ガンを手術してもらって、家で死んだんですけどな。弟は、その時、生まれて三月目でしたな、全然父親知らずです。父親が・・・
第86話
「慰問の写真」
- 昭和十三年に召集解除になって、その夏、婦人会の衆に相談して、招集軍人の家族の写真をとって慰問袋へ入れて送ることを思いたってな。村中、百五、六軒は回りましたな。写真は・・・
第87話
「小保木の新神楽」その一
- 明治二十二年から三年にかけて、わしのおつっつぁんたが、白金のまわりの衆に習わしたもんやんな。小保木の新楽舎っててな。この楽屋用の本も向こうから来たもんらしい・・・
第88話
「小保木の新神楽」その二
- 秋の祭りには、昼間は、幕昇殿ってものをマワイただけで外題はやらなんだんや。宮と禰宜の家と、金をどっさり寄付してくだれたとこへマワイて行ったんや。昔はおぞいもんやった・・・
第89話
「明治のお転婆」
- わしはよ、おじゃみやまりつきのほかにもよ、男の子について田んぼへタコ揚げにもいったしょ。家の横の縦道をソリに乗っておりて、どんだけ池ソへとび込んだしれん。初のうちゃ・・・
第90話
「懐かしい人々」その二
- よかれあしかれ、私の幼少年時代は、隣の人たちとのかかわりの中で毎日が過ぎていったように思う。隣の長六とは、上妻を流れる小川を境にして、四間に六間の母家が棟を・・・
第91話
「遊び」その二
- さすがに、旧の正月が過ぎると、心細いほどに降りしきっていた雪足も遠のいて、カネコリから垂れるしずくも日増しに春めいてくる。大人は、・・・
第92話
「遊び」その三
- 青いつやつやした椿の実は、ちぎってきてさお秤のダンベにしたし、餅花のアラレのような、真っ白な柿の花も笹に挿して花輪に・・・
第93話
「水沢上が池」
- 今から四百年も前、太閣秀吉が天下に号令していたころのことです。飛騨の三木自綱という者が勢力を伸ばし過ぎるとみた秀吉は、越前の国大野の・・・
第94話
「水沢上が池」
- 滝口の家はな、今は大坪やが昔は川尻姓を名のっとったんやがな。あそこんとこの川尻は、家の新家に当たるんよな。明治のころには、ここらへん・・・
第95話
「医者と病気と薬」
- 昔の医者は、各部落に一人ぐらいはおられました。襟に唐草の刺繍のしてある黒ずくめの詰襟の衣服で、ボタンも黒の布でできていたようです・・・
第96話
「馬の話あれこれ」
- 大正から昭和へかけて、気良の種付場へ、ハクニー・アングロノルマン・ペルシュロン系の種馬が来て、村中によい馬の・・・
第97話
「懐かしい人々」その三
- 私の知っている父母のきょうだいといえば、新家のおいさま唯一人である。弥野之助という類のない名前であったが・・・
第98話
「懐かしい人々」その四
- 徳兵衛さの千代さは、酒の好きな、飲むとおもしろくなるおいさまだった。徳兵衛さの藤さのとこへ、おきょうまと・・・
第99話
「気良のうた」
- わたしは、明治二十二年二月、気良の光明寺の生まれですがな。二人兄がありましてな、上が住職をやって、その次が津へ養子しました。わたしの・・・
第100話
「戦争と女の子の遊び」
- こどもたちは、どんなに生活の苦しい時代でも、力いっぱい遊ぶ。明るく、無心に遊びながら育つ。満州事変から太平洋戦争にかけて、生まれ、成長していった・・・
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